世間の「普通」と彼女の「普通」。ある日一人の男によって崩壊する「彼女の普通」『コンビニ人間』
- sw2406
- 2024年10月4日
- 読了時間: 5分
更新日:2024年12月25日

皆がこの本を手に取るきっかけはほぼ99%タイトルの珍妙さなのでは?というくらい、タイトルのインパクトがすごかった。読む前、作者はどのような思いでこのタイトルを付けたのか推察もした。しかし一読すればこの作品に相応しい、こんなにストレートなタイトルはないと納得しかない。「主人公=タイトル」という簡単なアンサーだった。
目次
あらすじ
主人公の「古倉恵子」は36歳にしてコンビニアルバイト歴18年。大学卒業後も就職せずにずっとコンビニ店員として働いていた。コンビニの仕事に生きがいを見いだし、ここで働いている時は自分が正常でいられるという、そんな安心感を得る事で日々を過ごす。そんな惠子の働くコンビニに、35歳新入りアルバイトの男がやってくる。バイトに来た理由を「婚活」だとのたまう奇妙な男。この男の出現によって、今まで平穏無事に普通のコンビニ店員として働いていた惠子の歯車が狂うことになる。徐々に自分の正常な日常が、自分の「普通」が蝕まれていく。

出版社・ページ数・価格
出版社:文藝春秋
ページ数:176ページ
価格:600円(税抜)
著者情報
著:村田 沙耶香(むらた さやか)
2005年2月『授乳』で講談社よりデビュー(第46回群像新人文学賞優秀作選出)
それ以降もコンスタントに作品を発表。
2016年に『コンビニ人間』で第155回芥川龍之介賞を受賞する。
みどころ
本書ではっきり書かれているわけではないが、主人公の惠子はいわゆる何らかの障害をかかえている女性のようだ。幼少期から問題を起こし(本人にそのつもりは全くない)、母親が学校に謝りにくること幾度、そして普通になってほしいと泣かれること幾度。惠子は自分は普通のことをやっているつもりなので、そんな親や周りの反応に困惑する。そんな彼女が自分で見つけた居場所「コンビニのアルバイト」。冒頭そこで働く彼女はとても生き生きしていた。しかし白羽という男によって、徐々に彼女を覆っていた「普通」がはがれていく。生きてきた世界がたった「一言」で一転する。それに困惑し、振り回される彼女が最終的にどういう道を進むのか。

読了時間
2時間程
評価
読みやすさ
とにかく読みやすかった。コンビニという私たちがすでに慣れ親しんだ場所から物語は始まるのだが、コンビニ店員である主人公の手慣れた働きっぷりが読んでいるだけでも気持ちがよい。店員同士の会話もごく「普通」で本当のコンビニバイトさんは普段こういう会話をされているのだなとちょっと裏側を覗けて面白い(著者がコンビニバイト経験者なため、描写がとてもリアルであった) 難しい描写などなく、登場人物も少ない。一度ページを捲れば、最後のページまで2時間程でワープできる。
共感度
子供の頃の回想では、恵子がどうしてそういう行動に移ったかというのが恵子視点で理由も共にわかりやすく書かれているので、奇妙と思われるかもしれないが、私は恵子がやったことにあまりおかしさを感じなかった(もちろん他人からみれば「おかしい」と思われてしょうがないことをやっているのは承知している)
惠子が自分のことを「普通」ではないと気が付き、徐々に自分を抑えて余計な事をせずに過ごす。そうすれば親も周りも何も言わなくなると徐々に自分を殺していく姿には、自分の学生時代と重なる部分がある。出来るだけ空気でいること、適当な相槌で適当な居場所に収まること。恵子には一応友達と呼べて30代でも交友がある人間がいるだけ、私よりももっと社会に適応できている人間なので羨ましくもある。
彼女は己の評価や他人が自分をどうみてるかに敏く、それに対しての経験も対抗手段も持ち合わせている。しかしこれは元々彼女が持っていたものではなく、今まで彼女が生きるために苦労して手に入れた術(すべ)なのが切ない。
夢中度
久しぶりに小説を休憩を挟まずに一気読みしてしまった。それほど読み進める度に惠子への関心がやまない。物語への関心がやまない。惠子がふとしたことで発した何気ない言葉で歯車が外れ、整っていた世界が乱れていく、周囲の惠子の反応への関心が止まない。私のように読書が久しぶりの人やあまり普段から小説を読まない人も、とても読みやすかったのでタイトルに心奪われたのであれば読んでみて欲しい。
どんな人におすすめ?
この世界が生きづらい大人
学生時代のアルバムは全部捨ててしまった人
来世に希望を託しながら何とか生きている人
総括・感想
対象年齢
中学生から
総合評価
★★★★★
感想
「コンビニこそが、私を世界の正常な部品にしてくれる――。」
これは本の帯に書かれていた言葉だが、主人公のすべてを現しているとても端的な文章だと思った。「普通」を大切にして生きていた主人公。ふとしたきっかけでコンビニバイトを始め、教えられるマニュアル通りに事を進め、初めての現場でお客様に感謝され、社員に手際を褒められるという成功体験が、世界に「ここで生きていい」のだと初めて認められ、惠子の人生に光が差した瞬間なのだなと思うと、ただただ自分のことのように嬉しく思った。惠子の幼少期~学生時代の生きづらさを知ったからこそ、例え36歳まで独身でいようが、バイト経験以外なかろうが、そんなことは些細なことだと。だって彼女は自分で見つけたじゃないか、自分の生きる世界を、そして生き方を。白羽や親兄弟や友達、自分に近しい人たちにどんなに心を乱されても、どうあがいても、最終的に惠子は惠子だった。読後、私はとてもすっきりしたし、この本に出会えてよかったという思いでいっぱいだ。
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